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マコト

Author:マコト
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(息子・お嫁ちゃん・9歳の孫っち)
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(と今は亡き父)
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そして最愛のピー! 
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健気なピーの姿をご覧あれ
なんとかして私のもとへ来ようと必死の努力をしております



゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜



最近の葬儀は考えさせられることが多い



過去記事で一度取り上げた内容を振り返ると・・・


昔は参列すると帰りに頂いて来るのは

たいていお茶とかハンカチとかが多かったけど

最近びっくりするようなものを頂いてきた

それは祝儀不祝儀の熨斗袋

つまりお香典ののし袋と紅白のお祝い用ののし袋のセット


これを見て言葉に詰まった

昔人間の私は

香典袋というものは買い置きするものではないと

教えられて育ったからだ

人の死を待ってるみたいだからか・・・


それにめでたいお祝いののし袋をセットにして

お葬式の時に参列者に渡すっておかしくないのか



そんな記事を書いたように記憶している


今日はまた別の話だけれど

これは皆さんのご意見を聞いてみたい



最近知人の家族が亡くなって

葬儀が続いたのだけれど



A家の場合

お香典を受け付けない


最近急増しているケースだ

お返しの手間を省くためだと聞いたが

持参した人の気持ちはどうなるのだ?


せっかく用意して行ったお香典はそのまま持ち帰り

香典袋から出したお金は食費か何かに消える


でもどうなのだろう

我が家のジイ様の葬儀にお香典を頂いているので

同額のお香典を用意して行ったのに

受け取ってもらえないのは

少々割り切れない感が残る




B家の場合

家族葬・・・

文字通り家族だけでする葬儀なので

我々はお呼びじゃない


これも最近急増している

直近5件全て家族葬だ



「○○さんとこのおじいさんが亡くなったらしい。

家族葬でもう終わったみたいよ。」


ってなことを後になって聞くわけだ

お香典どころか手を合わせる機会も与えられない


身内だけでひっそりと故人を偲ぶ

それはそれでいいのだと思うけれど

仮に生前お世話になっていたとしたら

どうしたらいいのだろうか



自宅でそっと手を合わせご冥福を祈ればよいのか



確かに喪服を着て参列すれば

クリーニングにも出さねばならないし

行かなくて済めばラクには違いない


でもそれでいいのか

送る側の便宜で簡略化されていく葬儀




いや葬儀に限らず

世の中の全ての事が

ラクで便利な方向へと暴走している


最も大切な人の心をどこかに置き去りにして・・・





地球は温暖化だが


人の心は寒冷化じゃないか




パンジー







最後まで読んでくれてありがとう

   たまには真面目な記事も書くぜ

       また来てね~



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テーマ : 思ったこと・感じたこと - ジャンル : 日記

コメント

えっ、そうなんですか!
人と人との繋がりが希薄になり
なんでもかんでも、簡略簡素化すれば
いいって世の中、、なんか、、寂しいですね。

香典袋に熨斗袋のセット、、
こちらでも、度々もらいます。
何も考えずに、、実用的~って
受け取ってました、、。。


はじめまして

実は私は家族葬を希望しています。
子どもたちとゆっくりお別れしたいからです。
残してあげられるものもないので、節約も兼ねてなんですけどね(汗)

ご無沙汰してます~

母がめは『人の評価は棺の蓋を覆うて定まる』、言いますねん

ガッコの出来る出来ない、出世や昇進、お金儲けに、オナゴさんなら別嬪さんかおへちゃか、など

若き日の姿、盛りのころ、円熟期、その時々の姿も、紛れもないそのかたの真実の姿で、しわくちゃ、なったから、別嬪さんやったムスメ時代の姿は偽りの姿、と考えるのんは、ちゃうように思いますが

それでもやっぱり、最期の姿に、人生は集約されるもんや、て

お葬儀ん時に、『こうゆう方やったんや…』て、
始めて知って、お別れでけるのは、
意味の無いことちゃうし

訳分からんカタチばかりの儀式はイランし

好き放題ゆうて飲み食い目当ての人が集まる そうぞうしい葬式で いろんな軋轢が発生する煩わしさは、ウチも何度も経験しましたよって

身内だけで簡素に…いう気持ちは よう、わかりますねんけど


墓参りも法事もお盆もめんどくさいから合理化したい
しやけど合理化が過ぎれば

近親者や地域の人らと絆を強め
今日を生きれる感謝を深め

だれもが避けられん、生老病死の厳しさに向き合う心構えを養う

そんな大切な機会を失うてまうのではないか
(コトバはちゃいます)


夫がめの実家の菩

長文途中で失礼しました

化したい
しやけど合理化が過ぎれば

近親者や地域の人らと絆を強め
今日を生きれる感謝を深め

だれもが避けられん、生老病死の厳しさに向き合う心構えを養う

そんな大切な機会を失うてまうのではないか
夫がめの実家の菩題寺のお坊さまは ゆわはります

考古学者は『人』と『サル』の境目には

火ぃ使うとか、コトバ喋るとかのほかに
『死んだ仲間を弔う』がある、と考えてるようですわ

先に逝くモンが、後から来るモンに、この身体を使こて、人生を学習さしたげる、最期の機会ともいえますやろ

やみくもな合理化はあかんと思います

ただし
自分のこと、考えたら
忙しい他人さんに面倒かけたあないし

第一、寝顔かて見せたことない人らに
無防備この上ない顔を晒す ゆうのも
気ぃがすすみまへんな
残すモンも持ちませんさかい、遺言状は書く必要もありまへんねけど

『極力簡略に、納棺ん時と、出棺前のお別れの儀は無しまたは非公開、できたら菊とかカーネーションで顔、かくしといて』て
書いたろかと思てますねん~


まだ見ぬ孫がめ、曾孫がめ共には
どっか別件の葬式で 『学習』さしてもろて、て。

先週50になりました
9950年後の話しですー

考えます~

('-'*)オハヨ♪ございます
ちょっと考えますね・・
せめてお別れくらいと思いますが自分の事となると
静かに家族だけでと思います

>地球は温暖化だが人の心は寒冷化じゃないか

こうならないよう考えていきたいです

日本がおかしくなってきたのは、コミュニティーが崩壊してきたからだと思います。昔は、村のしばりとか家族の体裁とかで、秩序が守られてきたものです。
日本人は、集団で力を発揮する民族。これからは色んな繋がりを大事にして、解れた関係を修復していくしかないですね。

送る人

ちょっとびっくり。。。
ここは田舎だからかなぁ、そういうのあまり聞いたことがないのよね。
ここはまだ誰かが亡くなると近所の人たちまでお手伝いに行く。
昔ながらの送り方をしてるよ。
檀家としての役割もしっかりあってお寺さんとのお付き合いもあるしね。
私もひっそりと行きたいと思ってるけど
最近、告別式や初七日とか四十九日、○回忌っていうのは
送る側の心の整理みたいなところもあるのかなって。
すぐに受け入れられない「死」を残された側が少しずつ受け入れていくっていうかね。
大切な人が亡くなったとき、私は月命日や祥月命日も
何回も何十回も重ねて少しずつ落ち着いたもの。
でも今でも毎日思い出しては涙が出るんよv-395

送られる側としては、あまり負担をかけたくないっていうのもあるねぇ。
でも結局は形じゃない、「想い」なんだよね。
「悼む人」っていう本を読んですっごく感じたよ。

こんにちは!

なるべく通夜席には出向く事にしていますが、
葬儀は変化がありますね。
送りたいって思ってる人は沢山いると思うんですが、
ひっそりと執り行う事が多くなってきてます。

故人や家族の意向があるんでしょうが、
これも時代の流れってやつかもしれません。

マコトさん、こんばんは。
家族葬って亡くなられた方の遺言なんでしょうか、
そうだとしたら寂しいですね。
御香典のことにも受け付けないとのことですが
どうなってしまったのでしょう。
私は幸いにもそのような事が一度もなかったので
分かりませんが御香典を持って行った人の気持ちを
考えないのでしょうか?。
寒冷化には反対です。

ホントはキライ

昔と違って自宅でできなくなってるし、
ご近所付き合いがあっても、あちこちの人が集まった団地だと、
やることがみんな違ったりするからねえ。
ただ、式がこじんまりする一番の原因は、
葬儀会社のもうけすぎだと思います。

野菜の病気のこと教えてくれてありがとう~
お父様にもよろしくお伝えください。

びっくりしますね

こんばんは。

香典返しがそんなのあるんですね。
お茶やタオルとかしかもらったことないです。
香典返しはもらうほうの気持ちをくんだものの方がいいのではないのかと思います。御祝儀袋なんてとんでもないと私は思います。祝ってんの?って気がする。
そこで、実用性を考えるのはおかしい。第一すぐ買えるし100円で。
値段も知れる…。

予算の事情があるんで、こじんまりするのはいいと思うのですが・・・・
あくまで小さくするだけで、「簡単」にするものではないと思います。
けれど、ひっそりとやったなら報告が遅れることもあるとは思うので、そんな時どうしてもというのであればご自宅に伺うなり、連絡するなりという方法もあるのではないでしょうか。

香典を受け取らないというのはよくわからないですが、持ってきたものをうけとらず返すというのは失礼ではないですかね?
引っ越しのあいさつでも「気を遣わなくていいから」となかなか受け取らない人がいましたが、受け取ってもらわないと困るんよあんた。出した手をひっこめろっていうのかと思いましたよ。


気を使ってるようでとんちんかんな人は多いです。
逆に失礼なんじゃないのって思います。
逆の立場ならどうか考えたらいいのにと思うのですが。

お葬式のことはわからないことは多いですけど、そういうことは昔なら、ご近所づきあいがあったから自然と学んだものですけどね。

故人の意思や家庭の事情などもあるでしょうから
そこは故人や遺族の気持ちを汲み取ってあげるって
ことも大事なのではないかと思います。
生前お世話になった方なら、遺族の方が落ち着いた頃を
見計らってお焼香に伺ってみてもいいんじゃないかしら?
そういうのも断わられるなら、それはちょっと
寂しいですよね。

でもね・・・

私は年明け早々ご葬儀に3度参列しました
義妹のお母さんが亡くなって
彼女の親戚筋から言われて
義妹一家は東京に住んでるのだけど毎週お墓参りをしに帰省してるそうです
交通費もバカにならないし身体だって疲れると思うのだけど

また先週はe-120友のご主人が亡くなって
告別式に行って来ました
コチラもご葬儀はご実家の方でとかで 何度も儀式を執り行わなくては為らない友達が可哀想に感じました
コチラは田舎の所為か未だに因習が厳しいようです
確かに亡くなった方を偲ぶ儀式の簡素化は淋しい気がしますが
余りにも昔風な因習にはチョッと!と思わざるを得ないなぁ

私は長い人生(短いかも知れないけど)
その最後に節約や無駄を省くなんてと
考えてしまいます。
どんな辛い人生でも、楽しい人生でも
死は誰にでも訪れる物
生き様が現れる時に規制なんて
かけるのはおかしいなと
単純に考えてしまいます。
葬儀は豪華じゃ無くても
誰でも最後のお別れが出来る
昔からあるスタイルが一番でしょう。
そうやって人と人は
いつまでも繋がっていかなければ
ならない生き物だと感じます。

文章力に限界が・・・モドカシイわ(涙

マムは父をおくった時に痛感した事が有るの。
葬儀って、亡くなった人のために有るんじゃなくて、
残された人たちの自己満足に過ぎないんじゃないかしら?
って云うことなの

父は生前、自分の為にお墓を立派にして
「オレは、この墓に入れてくれたらそれで良い・・・、
どうせ、葬儀なんか立派にやってもオレにはわからないんだから・・」と、
言い残して天国に逝きました。

悲しいのだって、私たちは、故人を偲んで泣く訳じゃなくて、
その人と過ごせた楽しい幸せな時間を思って泣いている・・と思うのね。
だから、大切なのは、どれだけ思い出をつくること・・だと。

マコトさん、マムは、上手く言えなくて残念ですが、
生きると云う事は死を迎えるための準備だといいますから、
葬儀は、残された方々の思いが溢れていれば良いと云う事かしら。

そう云いながら、昔からの慣習に添って・・・行うのでしょうね。

☆コメントありがとう

v-348あみ・もとちゃんへ
葬儀のときに久しぶりに知り合いと会うってこと
よくあるものね。
人と人の繋がりはどんな時代にも希薄になってはいけないよね。
あみもとちゃんは現代っ子なんだ。
私は実用的だからって割り切れない昔人間だなぁ。

v-349saraちゃんへ
ようこそ、いらっしゃ~い。
初めてでこんな記事、ごめんなさいね。
ご自分が家族葬を希望して子供たちに言い残しておくことは決して悪いことじゃないと思います。
ただ、家族葬といえど、100万以上もかかったと聞いたので、節約になるかどうかは・・・???

v-350かめちゃんへ
長いコメントありがと。
何度も読み返して色々と考えさせられました。
そうやって考えさせてもらったことにも感謝です。
昔ながらの盛大な葬儀も家族のみで行う簡略化された葬儀も一長一短。
どちらがどうだと言い切れない複雑な要素を含んでいるね。
あらあら、かめちゃんは万年生きるんだからずいぶん先の話だわねー。

v-351みつばちちゃんへ
そうよね、ほんと考えちゃう。
どんな葬儀がいいのか・・・その人の生き様、
またその家庭や地域の風習、
色んなものに左右されてしまうんでしょうね。
それにしてもきりがないほど費用がかかりすぎる今の葬儀はどうにかできないものかしらね。
私はもったいないから葬儀に費用をかけてほしくないなぁ。

v-348光太郎ちゃんへ
崩壊してきたのは国の秩序だけじゃなく、
地域や家庭の秩序も同様ね。
人間同士のつながりが希薄になって
光太郎ちゃんの言う集団の力が発揮できなくなってるのね。
それが葬儀にも現れてきたってことなのかな。

v-349eritorieちゃんへ
近所の人たちやお寺との繋がりがあるって素晴らしいじゃない。
ここはお向かいの爺さんが亡くなった時もずっと後になって知ったんだよ。
そんなのって間違ってるんじゃないかと思う。
人は一人で生きてるんじゃなくて、
色んな人との関わりのなかで生きてるんだもの。
知らないうちに生まれて、知らないうちに亡くなって・・・なんと味気ない人生。
そう、「想い」だよね。
だから私たち生きてる者たちが折に触れ
故人を思い出して懐かしむこと、
私はそれでいいんじゃないかと思うんだ。
華美な葬儀に費用をかけすぎるのは反対だね。
べらぼうな出費だもん。

v-350共白髪さんへ
共白髪さんのようにお通夜に行けたらいいんですけど、
家族葬で終わってから知らされるとどうしたらいいのか・・・。
とにかく最近の風潮みたいです。
確かにラクですけど、それでいいのかって思います。

v-351sakuraちゃんへ
お香典を受け取ってもらえないのも困りものだけど
お葬式も知らないうちに済んでたっていうのも
何だか寂しい話でしょ。
他人はお別れする機会も与えられないのかって。
悲しい時代ですわ・・・。
それが家族の意向なら仕方がないんだけどね。

v-348こみ師匠へ
実は私も葬儀社の儲け過ぎだと思うのよ。
祭壇なんて何回でも使用するわけだし、
どうして100万以上もかかるんだかわからない。
実際は数万円でできるものらしいよ。
白菜の件、お役に立ててよかったわ。
父はすごい勉強家なのでお百姓さんたちにも色々教えてるし、
園芸店にもアドバイスをしたりしてるからきっとわかるんじゃないかと思ったの。
私の頭じゃ・・・モグラぐらいしか思いつかなかった。

v-349riraちゃんへ
ああ、riraちゃんは私とまったく同じ感性なんだ。
でもこれも人それぞれなんだなって思ったよ。
算数のように数字で割り切れる世界じゃないもんね。
時代の流れに逆らうのもまた難しいことかも。
けど、その流れを作るのは我々人間なんだから
人の道ってものを忘れちゃおしまいだよね。

v-350ひらりちゃんへ
そう、人それぞれ、また家族の考え方もあり
どんな形がベストだと決めることもできないし。
ただね、家族葬だからって亡くなったことも知らされないのはちょっと悲しいことだと思うのよね。
後日お参りに行くのもちょっと気が引けて・・・。
どんな形がいいんでしょうねー。

v-351わこちゃんへ
田舎の古い習慣にとらわれるのも大変な話だね。
葬儀の簡素化もそこそこに昔の習わしもそこそこに
ちょうどいい折衷案ってできないものか・・・。
難しいよね、そこの家族の考えってものがあるから。
自分の時はこうしてほしいっていうのを遺しておくほうがいいかもしれないね。

v-348せいパパさんへ
私もせいパパさんと同様の考えでおります。
少なくとも、誰でも自由にお別れができる場を設けてほしいものです。
たった一度きりのことですのにね。
会葬お礼に紅白の熨斗袋をくれたりするのが、
心が無い証拠のように思える私です。

v-349マムちゃんへ
うーん、マムの揺れ動く気持ちもわかる気がする。
そこで思い出すのが姑の言葉。
「死=無」だから死んだ後のことなどどうでもいいと。
残された者たちの想いで行われる葬儀なのよね。
だからと言って風習や体裁も無視できなかったりする。
難しい問題だわね。

こんばんは~
ウチは田舎なので、冠婚葬祭は親類縁者を呼んでこってりやらなければなりません。
だから家もみんなが集まれるように、それに対応した造り(いわゆる田の字造り)になってるくらいです。
当然葬式および法事は家で行い、時間も費用も手間も莫大なものがあります。
(実家のバーサマの場合は、不幸にも友引にかかったので夏の暑いさなかに足掛け4日間でしたね。)

もっとも最近は共働き家庭が増えてるので、葬式を家でやらずにセレモニーホールを利用する家もあります。
でもそういう家は、後で町内でひそかに
「家からおくってあげたらいいのに」
的な非難を町内のうるさがたどもから受けることがあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長々と前置きしましたが、田舎のこういう葬儀、法事を見てきた身としては。。。
その家その家の実情に合わせてやり方を考えればいいのでは、と個人的には思います。
故人の遺言、共働き家庭、失業中、病気されているとかいろいろ事情はあるでしょうからね。

しかし故人がお世話した人、また故人にお世話になった人。
その方たちがいっぱいいるであろうこともまた事実なので。。。
家族葬であっても、別の機会に簡素な形でもいいからお別れの場を設けることはあってもいい、と思いますよ。
故人が築いてきた人間関係を大切にすることも遺族としては必要では、と思います

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