プロフィール

マコト

Author:マコト
☆登場人物☆

(身も心も若作り)
パパリン
(瞳は少年のごとく)
近くに住む息子一家
(息子・お嫁ちゃん・9歳の孫っち)
実家の母
(と今は亡き父)
テニスの仲間たちetc. 
そして最愛のピー! 
(日本語と英語を話す天才インコ)


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み~んな見てね♪

DATE: CATEGORY:教育・育児
マコト・ワールドへ
ようこそ(´▽`*)



さあ!  一緒にす・ま・い・るニッコリ笑顔

コーヒー飲みながら読んでるあなた!
吹き出しても知~らない


゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜


皆さんは沖縄に行ったことがありますか?


私はまだ一度も行ったことがありません


それだけに憧れの地でもあります



『沖縄に住んで』沖縄の色んな問題を取り上げて
(↑ブログタイトル)


とっても中身の濃い記事を書いていらっしゃる


ハイパティローマさん
(すごくダンディな紳士なの・・・私の中では)




沖縄住民が今も米軍基地によって


非常に住みにくい状況を強いられていることが


実によくわかります





その米軍基地について今日は思い出話を一つ・・・


私は幼少の頃東京は立川市にあった

米軍基地の近くに住んでいました

私の叔父は通訳として基地に勤務していました

当然私の家の近くにも米兵が家族と暮らす

”外人ハウス”と呼ばれる集合住宅がありました

なので私たちは米国人を見ることは珍しいことではなく

かといって米国人の子供たちと

一緒に遊ぶようなこともありませんでした


米国人の子供たちは外人ハウス周辺で

集団で遊んでいましたが

時々私たち日本人の家の近くにも現れました



あるとき2~3人の小学生ぐらいのボーイがやってきて

突然我が家に土足で入って来ました

別に乱暴を働いたわけではありませんが

土足で畳に上がられては困ります


慌てふためいた母は

ただただ叫ぶばかり・・・


「ノーノー!」



私はたぶん怖くて立ちすくんでいたと思います


だからその時の光景を今も鮮明に覚えているのでしょう


ボーイたちは口々に何か喋っていましたが

私たちにはチンプンカンプン


そのうち当時基地で看護婦をしていたお隣の奥さんが

騒ぎに気付いて飛んできました


「ナンジャラカンジャラーっ!!!」


とボーイたちに怒鳴るとボーイたちの服を掴んで

庭に引っ張り出しました

ちょっとトウの立った白衣の天使が

仮面ライダーに変身した瞬間でした
(当時で言えば月光仮面かしら?)

仮面ライダーとボーイたちが言い争っていたその時!




体重100キロはあろうかと思われる巨漢登場!


正義の味方マミィです
(ボーイの母親ね)


私は今でもあの光景を忘れることはできません


巨漢のマミィはボーイを捕まえると

皮のベルトを自分のスカートから抜き取り

ベルトでボーイのお尻を


バシッ!バシッ!


何回も叩いたのでした


ヒィヒィ泣き叫ぶボーイと大声で叱りながらムチ打つマミィ


私たちは呆然と眺めていました


恐らく謝って帰って行ったのでしょうが

その辺のことは記憶に残っていません



ただ私はそこに人種を超えた母の姿を見て


一生忘れ得ぬ記憶として胸に焼き付けたのでした




これも母の愛
実際はもっとずっと怖かったけど怖すぎて描けないわ




最後まで読んでくれてありがとう

   笑ってくれた人 もっとありがとう

       また来てね~


テーマ : 思ったこと・感じたこと - ジャンル : 日記

コメント

今の時代にとても必要なのがこうしたトウのたった白衣の天使やマミィなんですよ~
以前からこちらでも躾けのできない親やコミニュティ内のつながり不足など同じ気持ちになれることが書いていましたがいつからこうした親がいなくなったのでしょう。
最近のバカ親を見ていると迂闊に注意もできません、うっかりすると訴訟問題にまで発展しますから。
遠い目で過去を思い起こすことしかできないのでしょうか。

叱る時は叱る、可愛がるときは可愛がる。
このメリハリが大事ですよね。
欧米では、小さいうちからしっかりと叱って躾をするって聞きますね。
日本では、まだ小さいからしかってもわからないと、あまり厳しく
しない親もいるみたいだけど。
小さいからこそ教えておくべきことは教えないとね。

ビッグマム

これは一生忘れられないでしょうね~
子供のやんちゃは全国共通として、
マミィの巨体は東洋にはない感じ。
プロレスラーみたいだもんね。
しかも凶器付き。
まさかテニスのメンバーのしつけ方は、
その出来事を教訓としているとか・・・

え~!この絵よりも怖いマミィだったんですかぁ!!!
それはすごい!
看護婦さんが仮面ライダーに変身しただけでもびっくりだったのに、それに輪をかけて、こんな怖いマミィが出てくるなんて~!!!
そのボーイは、そんなマミィに育てられて、今はどんなマンになっているんだろうなぁ・・・?

↓のバトン、楽しく読ませていただきました。
マコトさんがクリント・イーストウッドのファンだったとはちょっと意外でした^^
私は、「マディソン郡の橋」(でしたっけ?)が大好きです♪

お~

幼かったアネキには、ショッキングな光景だったでしょう。
「お尻を叩く」とは聞くけど
手じゃなくて「ベルト」ってとこがビックリっv-405
でも、アネキは生まれた時から「英語」を身近に感じられる環境だったのねっ。
私はちっちゃい頃、父に連れて行かれた洋画の世界しか
知らなくて
「外国人は特別で怖い」って思ってたけど
そうやって、「生」の姿や声が周りにあるってうらやましい気がするなぁv-352



私は福生駅が最寄り駅だったので、やはりハウスやアメリカ人などに出会う機会は多かったですね。
昔は軍服姿でウロウロしてたので、ちょっと怖かったり格好良く思った記憶があります。

アメリカ人って、古き良き時代の日本人のように、厳しい面と優しい面をしっかり持ってる気がします。

こんにちは~
言葉のわからない人たちとこういうトラブルが起こると怖いですよねv-399
トラウマになりそう。。。
でもうまい具合に、トウのたった白衣の天使やマミィが現れてよかったですネv-410

悪いコトをしたら、悪いコトをしたとわかるように叱る。
こういう人が、最近少なくなってるような気がするなあv-393。。。

マコトさん、こんばんは♪
私も沖縄には行った事がありません、
いつか行って見たいと重い数年が経ちました。
マコトさんも小さい頃の事が鮮明に思い出されるのは
当時のマコトさんにとって衝撃的な出来事だったんだと思います。
アメリカのお母さんは怒る時はしっかり怒っているのがよく分かります。
普段は優しいお母さんだったんでしょうね♪

こんばんは!

そりゃあ強烈な思い出ですね。
何だかトラウマになりそうです。

母はどこの国でも優しくって強くって逞しいんでしょうね。
皮のベルトかあ・・・
めっちゃ痛そうです ((;゚Д゚))ガクガクブルブル

最近のお母さんがそんなことしてる姿って
みることないですよねぇ
今なら逆に、何で家に上げたのって言われそう

マミィ
絵だけで十分の迫力ですよ^^

マコトさんも負けてないくらいの
お母さんになったんじゃないですか(爆

マコトさんは、進駐軍から「ギブミーチョコレート!」って言ってた世代ですか?(失礼)
でも、言葉が通じないというのは大変ですよね。あとは身体をはって表現するしかないですもんね。
その意味でマミィの印象が深く残ってるんでしょうね。

沖縄は未知の世界なので「沖縄に住んで」にクリック一つで飛んでいきま~す。
マミィはボーイに、きっと「このボケナス」って言ったのね?ボーイはその後、靴を脱いで入ることを思い知ったことでしょう。
でもそれって、マコトさんが英語を学ぶキッカケになったかも?。前後はハッキリしないけど、記憶の中の鮮明な光景ってありますよね。

☆コメントありがとう

v-348nanaちゃんへ
本当に古き良き時代ですよねー。
科学や文明が進み、住みやすい世の中になっているはずなのに
実際はそうではなく、人間関係はギスギスしてゆくばかり。
三つ子の魂・・・正しい躾を見直してちゃんとした親を作るまでに何年かかることか。
私たちの親ぐらいの世代の人は親らしい親が多かったのにね。

v-349まえくみちゃんへ
そうそう、躾は大きくなってからじゃ全てが手遅れ。
三つ子の魂なんだから幼児期が最も肝心な時よね。
今の情け無い親たちが育てた子供たちが親になった時を想像すると・・・何も期待しないほうがよさそうだよね。

v-350こみ師匠へ
米国人の巨漢といったら半端じゃないから
子供の頃の私にしたらそれはもうどれほど巨大に見えたことでしょう。
テニスのしごきは「口」でやりますんで・・・おほほ。

v-351Megiちゃんへ
ウィーンではそんなお母さんはいませんか?
米国人だって今はどんな子育てをしてるかよく知りませんけどね。
国は関係なく、子育ては小さい時が肝心だと思うね。
「マディソン郡の橋」は実話でちょっと切ないお話ね。
あの眩しげな眼差しがたまらないのよねー。

v-348eritorieちゃんへ
あら、私のほうこそeritorieちゃんが羨ましい環境の中にいると思うわ。
いつも躍動的でかっこいい!
私は・・・私の周囲は時間が止まりそうなくらいゆっくりで変化の無いまま時間が過ぎて行く感じがする。
英語も使わないと忘れる一方だし。

v-349haruちゃんへ
haruちゃんは福生にいたの?西多摩だね。
私は北多摩、同じような経験してるかもねー。
米兵のカーキー色の軍服はかっこよかったよね。
政治的、倫理的に考えたら納得のいかないことばかりなんだけど、
日本は米国に負けたんだから仕方がなかったのよね。
おかげで日本は急成長したわけなんだけど。

v-350yomoちゃんへ
当時は言葉がさっぱりわからなかったから
妙に怖かったよ。
子供を叱るのに躊躇しないって大事なことだよね。
体裁なんて考えずただ子供の躾に専念している。
そういう母親の姿って打たれるものがあるよね。

v-351sakuraちゃんへ
人は皆、強烈な印象の出来事は忘れられないよね。
沖縄には今も米兵たちが横暴な振る舞いをして
住民たちに脅威を与えているようです。
でも豊かな自然に恵まれた沖縄に一度は行ってみたいわね。
sakuraちゃんも沖縄は未知の土地なのね。
海が綺麗なうちに是非行きたいですね。

v-348共白髪さんへ
いやぁ、私たち母娘にとっては救世主のマミィだったから
「すごかったねー」「かっこよかったねー」
だったと思うけど・・・いや、やっぱり当時は怖かったかな。
叩かれてるボーイが凄く小さく見えたっけ。

v-349げんえいさんへ
最近のお母さんは激した叱り方をするみたい。
腹いせっていうか発散っていうか・・・
子供は道具じゃないのに物みたいに扱ったりして。
虐待も増えてるし、自分をコントロールすることもできないんだから・・・親としての資格が???

v-350光太郎ちゃんへ
こらっ!
どうしてそう一言多いんだろうね、光太郎君!メッ!
私は戦争直後の生まれじゃありませんからね。
ピアノと英語を習って優雅に暮らしておりましたわよ。
でも今でも米兵は日本人を見下してるところがあるよ。
底知れぬ怖さを感じていたから一緒に遊ぶようなことはほとんど無かったわ。
学校ではハーフの子がいて日本人にいじめられてたなぁ。

v-351kayoちゃんへ
うーん、英語はビートルズが影響したと思ってるけど
実はそのあたりにも要因があったのかもね。
彼の記事は読んでると辛くなることも多々あります。
でも沖縄の現実を直視することは私たちの義務でもあると思います。

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